待機場と発酵床
- 配信日
- 2017.10.15
- 記事カテゴリー:
- 第一巻 湖水地方レポート
待機場の改修をしている。
待機場とは、牛が搾乳の順番を待って、文字通り待機する場所だ。
普通はコンクリートの床でしつらえるが、湖水地方牧場では発酵床だ。
発酵床とは、そこで微生物が活性化して、し尿を分解する仕組みを言う。正式な発酵床は、雨水の侵入を防止し、地面を60cmから70cm掘り下げておがくずなどを入れて作る。湖水地方牧場の場合は、屋根はあるが、地面に厚くバークとチップを敷いている。搾乳所の中心に炭埋してくれた人がいて、おかげさまで搾乳所全体の電位が高まり、これでも十分に発酵床として機能している。
真冬の深夜には、ブラウンスイスがここに集まって暖を取る。し尿を微生物が分解して発熱しているために床が暖かいからだ。だから、ここは、牛舎も兼ねている。湖水地方牧場のブラウンスイスは無牛舎放牧だから、原則、牛舎はない。
上は、南十勝放牧酪農研究会の会員である小田牧場の牛舎だ。昼間は開放されていて、牛は、放牧場で草を食むが、時折牛舎に戻ってこのように飽食状態に維持された飼料を食べたり、左手の土間に伏せたりできる。奥の解放された出入り口が放牧場に続いていて、手前の扉を出ると搾乳所だ。搾乳所にはコンクリート土間の待機場があって、搾乳の順番を待つ。搾乳が終わると再び、この牛舎に戻り、放牧場に出ていくものは出ていく。
一方、無牛舎放牧とは、一年中、牛が屋外で過ごすことを言う。私たちが最初に放牧の実際を見せていただいた、標茶の山本牧場は徹底していて、仔牛用のD型と、搾乳所、堆肥舎以外、ほとんど建物というものがない。牛は一群で移動し、寒風吹きすさぶ日、冷たい雨が降る日には、林の中でおしくらまんじゅうしている。ホルスタインだが、種牛を群に入れているから、メスの発情発見の労力もいらない。定期的に種牛の世代交代が必要だが、人工授精のための精液代金も、獣医さんのコストもかからない。なによりも人間が楽だ。「毎週日曜日、笑点は必ず見るよ」と、山本さんは笑った。湖水地方牧場は、理論的には共働学舎に助けていただきながら、しかし、山本さんを見習って、無牛舎放牧を始めた。
湖水地方牧場の場合は、切土面に牧場がある。つまり、既存の樹木がない。だから森林の助けは借りられない。パイプハウスで退避舎は設けたが、牛は必ずしもそこで雨露をしのぐ様子はなかった。昨年から待機場を開放してみたら、厳冬の深夜はそこで全頭が気持ちよさそうに過ごした。し尿はどんどん分解されて、翌日には消えてなくなった。8月の一か月前後は、発酵床が機能せず、腐敗臭に悩まされたが、9月に入ると元のように無臭になった。8月はおそらく気圧のせいで、微生物が変調をおこすのだと思う。毎年のことだが、8月はハエが多い。
農場HACCPという衛生管理の制度があって、待機場が発酵床で、しかも牛舎を兼ねるというのは認められないかもしれない。だいいち、そんな仕組みで酪農をやっている人はいないだろうな。湖水地方牧場は、頭数が少ないから機能しているのかもしれない。
個人的には、牛のし尿をコンクリート土間に落とされるのが耐えられない。動物写真家の竹田津実さんは、私が自然的世界に人生の舵を切る標となった人だが、30年以上前から、し尿は土に触れなければ堆肥化しないものだと言い続けてきた。そのころはなんだか分からなかったが、今、こうして酪農に着手すると、その意味が分かる。
コンクリート土間に落ちたし尿は、洗い流せば排水の始末に困る。スコップですくって堆肥場に運んでも、完全に取り切れないから、異臭が搾乳所に残る。発酵床の待機場は、匂いが気にならない。積みあがった堆肥は、ほぼ完熟しているので、トラクターのバケットで搬出して草地の肥やしにする。
仔牛舎も同様だ。
学者の指導に従って、毎日、仔牛のし尿を掻き出して土間に石灰を撒く、という仕事をしていたある日、見学に来た少女が、「鼻が曲がる」と言って泣き出した。妻の温紀が考えて、わらを掻き出さずに積み上げていった。この写真は、育成の姉貴世代が、生まれたばかりのココロンと交流している場面だ。育成の姉貴世代がいるところが一段高い。ここが、敷き藁を残して積み上げていった場所だ。その結果、匂いがまったくなくなり、というよりも、発酵した植物の良い匂いがして、気持ちの良い場所になっていった。自然の力にはかなわない。
この冬から、ブラウンスイスも水牛も、搾乳頭数が増える。待機場の拡張が必要である。柵を広げ、屋根も拡張し、待機場の中心に炭埋、十字炭埋にするために、炭埋ヵ所を増やす。チップを分厚く敷いて、冬を待つ。人が待機場に入らず、牛と水牛のいる場所にも入らずに、パイプや鎖を操作して導線を動かせるようにもする。
なんだか楽しい。たぶん、子供のころの砂場遊びの延長なのだろうね。 2017.10.16